越中岩瀬ベーカリーみや〈富山県富山市〉
地元に戻って家族経営を推奨
冷凍生地は工夫次第で大きな戦力に

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宮腰夫妻

店舗入口

店舗の2階から立山連峰がこのように見えるのだろうか
 

店舗全景

商品/取材当日パン商品が完売のため「富山の良いとこ発見ブログ[とやま暮らし]」より引用

店内の様子/開店と同時に商品が売れてしまい、何一つパンが残っていない

 越中岩瀬ベーカリーみや(宮腰進代表)は、2015年12月にオープンし、今年で5年目を迎えた。固定客に恵まれ、富山市内になくてはならないベーカリーとして定着。Webでは、予約の食パンは約1カ月待ちという書き込みがあるほど好評を博している。

 宮腰氏は、1950年富山市生まれ。70歳。高校を卒業するまで富山市内で過ごしたが、早稲田大学入学と同時に東京へ拠点を移した。姉が東京のベーカリーに嫁いでいたこともあり、住まいとアルバイト先を一度に手に入れた。
 「勉学にもプライベートにも力を入れたが、それ以上にベーカリーのアルバイトに力を入れ、本職に近かった。それがパンとの出会いだった」と宮腰氏はいう。
 大学卒業後は、マザーグースなどで本格的な修行をし、30歳で東京都新宿区大久保に「パンピーノ」を立ち上げ、33年間地域になくてはならないベーカリーとして近隣住民に愛された。
 1996年に特級技能士「パン製造」を取得、2017年に厚生労働省ものづくりマイスター「パン製造」に認定された。2017年5月には、パン食普及協議会と全日本パン協同組合連合会が共催する「第3回ベーカリー・ジャパンカップ食パン部門」で優勝・農林水産大臣賞を受賞した。作品名は「大地の恵、君にも食べれる」。これを機に売り切れの日々が続き、予約を受け付けるようになった。そのほかにも、第2回パングランプリ東京食パン部門、第3回同バゲット部門で優勝している。
 宮腰氏は、富山で「ベーカリーみや」を開業する経緯を次のように話した。
 「東京でパンピーノを続けるつもりだったが、大家がテナントビルを売却することになり、買い取りの交渉を進めようとしたが、予測を遥かに上回る提示価格に手が出ず断念し、富山へのUターンを決心した。凱旋に当たり、店舗物件を地元の同級生や知人に声掛けして、物件や不動産業者を紹介してもらい幾つかの候補に絞り込んだ。その時点で岩瀬浜は、候補に挙げていなかった。理由は辺鄙だから。しかし、よく考えると海に近く自然が沢山あることや立山連峰が一望できることからこの場所に決めた。
 60歳を過ぎ、妻と2人でふるさと富山に戻り、小さなベーカリーを営んで小遣い稼ぎができれば良いと思っていた」。
 同店は、富山市内から県道1号(富山魚津線)を岩瀬浜方面に向かい、岩瀬運河に架かる橋を渡り左に折れた右側で、富山湾のすぐ近くに位置する。取材当日は、16時頃に店舗前に到着。路上には、すでに車が列をなして「越中岩瀬ベーカリーみや」のオープンを待っていた。橋の手前には交番があり、オープン当初は幾度となく注意を受けたが、最近では、停車時間が短いこともあり寛大になったという。
 「14〜16時まで中休みをしているため、再オープン直後の時間帯はいつも予約の来店客で賑わう。焼きたての商品も並べるが、30分ほどで売り切れてしまう」と宮腰氏。
 事実、大都会の有名ベーカリー並みの人気で、焼成したパンは店頭に置いた瞬間に売り切れる。経費が軽減したことも相乗効果となり、パンピーノよりも利益が出ているという。
 「首都圏の一極集中が、諸悪の根源だと考える。上手くいっているから言う訳ではないが、もっと早い時期に富山に帰って来るべきだった。東京の家賃は高過ぎ、人件費は突出している。そのため、例え繁盛店でも余裕のある利益を出すことが難しい。店舗や従業員のために店主は、昼夜を問わず額に汗しなければいけない」。
 現店舗は、設備機器を含めた建屋が宮腰氏の所有で、土地の借地権として年間10万円を支払っている。人件費は夫人と2人だけなので実質ゼロ。人は絶対に雇わない。
 大都会と地方都市では、経営の根幹を成す支払家賃に大きな格差があることから宮腰氏は、若いパン職人に対して次のことを伝えているという。
 「東京で修行し技術やノウハウを身に付けることは良い。また、多くの知人を作り人脈を築くことは重要。しかし、できる限り早く故郷に戻り、地元の活性化に貢献するだけではなく、嫁や子どもたちと一緒に働くことにより、豊かな生活と時間が生まれる。富山に戻って実感した」。
 同店の営業形態は、水・木・金曜日が休み。月に2回は火曜日が加わる。実質の稼働日は月に14日間。それでも経営には余裕があるという。夫婦の年齢を考慮すると妥当かも知れないが、人気の源は、宮腰氏の抜きん出た製造技術を上回るパンへの愛情と夫妻の人柄であると感じる。夫人の接客は、技術や経験を超越した、まさに存在そのものが接客。
 営業時間は、10〜14時と16〜18時。入口には、当日分と一週間分の曜日・時間別の焼き上がり品目が掲示されており、それを見て好みの商品の焼き上がり時間に合わせて来店客が押し寄せる。
 商品構成は、フランスパン・食パンを含む食事系が70〜80%。残りが、あんぱん・メロンパンなどの菓子パンなど。
 売れ筋商品は、塩パン、ロールパン、定番の菓子パン。
 製造方法について宮腰氏は次のように語った。
 「売上の7割は冷凍生地を使用している。3割がスクラッチ。パンピーノでもほぼ同様の割合で冷凍生地を使用していた。なぜ、冷凍生地を使用するようになったかというと、学生時代にアルバイトしていたベーカリーの製造現場があまりにも過酷で、昔の職人だからこそできること。将来のベーカリーでは通用しないと感じ、もし、自分がベーカリーを経営するならば、もっと合理的な製造方法を採用するだろうと思ったから。自分でベーカリーを始めると、考えていたほど甘くはなく、険しい道だったが、工夫をすればいくらでもやりようがあった。冷凍生地を駆使することは、リテイルベーカリーにとって必要不可欠なことだと思う。コストは発生するが、製造工程の約7割が完成している材料を使用することになるので、人件費や仕込み時間は比較にならない。また、以前の冷凍生地は高く評価できなかったが、今は改善が繰り返され、ブレることもなく満足できる。若い職人たちにも冷凍生地の使用を勧めている。
 しかし、冷凍生地だけではリテイルベーカリーとはいえない。オリジナルがなく差別化ができない。自分が極めた製法を持っていることは重要だと思う」
 続けて、コンテストの結果に関して「先ず、積極的にコンテストに挑戦すること。賞を取ると人の見る目が大きく変わる。2015年にオープンして、初年度は勢いで大勢の来店客があった。徐々に翳りが見え始めた頃に『ベーカリー・ジャパンカップ』があり、食パン部門で農林水産大臣賞を受賞し、同級生の新聞関係者を介して各社が報道すると急激に来店客が増えた。リピーターが多くなり繁盛するのは有難いが、自分と妻の身体を案じ休日を増やすことにし、食パンは全て予約制にした。現在は実質約2カ月先まで予約が詰まっている。予約されたお客様は、雨でも雪でも必ず取りに来ていただけるので、安定した生産と経営に繋がる」と語った。
 商品は、毎日完売する。
 恵美子夫人は「完売できるくらいしか作れません。無理をして沢山作るとバテてしまいます。今の製造個数と休日がちょうど良いと思います」と話した。
 コロナ禍での影響は特になく、むしろ増えているという。コロナ対策は、マスクの着用やアルコール消毒の励行は行なっているが、個包装は全く行なっていない。なぜなら、厨房から店の棚にパンを並べた瞬間に売れてしまうため、個包装している時間がない。
 今後力を入れたい商品を次のように挙げた。
 「ライ麦を使ったパンやロデヴのような食事系。冷凍生地とパン製造技術をマッチングさせ、生産性を向上し、今以上に楽になる製法を考えたい」。
 「冷凍生地は素晴らしい。なぜ、皆さん使わないのだろう」と宮腰氏は言うが、宮腰氏ほど冷凍生地に心を込めてカスタマイズし、客の顔を思い浮かべてパンを作る人は他にいない。だから美味しく、また食べたいと思うのだろう。

【越中岩瀬ベーカリーみや】
富山市岩瀬天神町1
TEL076-456-1412
▽営業時間=10〜14時/16〜18時(焼き上がり時間による)
▽定休日=水・木・金
▽駐車場=なし
▽アクセス=富山ライトレール岩瀬浜駅下車徒歩約5分

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