木もれび第90話
M木輪  芳野栄氏
創作・真心・感謝(2)

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 弊社では、「木輪」という屋号の前に「まごころを贈る」という言葉を付けさせていただいています。創業時パンが造れなかった私は、「木輪」という屋号の前に「焼き立てパン」や「ベーカリー」というパン屋を指す言葉は恥しくて自信がないこともあって付けることができませんでした。しかし、そんな私ですが、「まごころを贈る」という言葉には何の抵抗もありませんでした。反対にその言葉をつけることで「まごころを贈る」という言葉に恥じない仕事をしていこうと強く決心したものでした。
 「真心」とはウソや偽りのない誠実な心、思いやりの心を言うのだと思っています。真正直に、真正面から、誠心誠意心の込もったパン造りをおこない、できたパンを心を込めてお客様に提供していきたいという強い思いでいっぱいでした。とは言ってもパン造りの技術のなかった私です。自信のあるおいしいパンがなかなかできません。だからと言って、ご来店下さるお客様の思いや期待を裏切ることはできません。そこからおいしいパンが造れるようになる為の訓練と勉強の日々が続きました。
 そのような努力を重ねるうちに、一つのことに気づきました。それは、心を集中して思いを込めてパンを造るときと、集中力が途切れて気持ちが入らないときのパンのでき具合が明らかに違うということです。
 まごころを込めてパンを造るとは、造るパンの先にお客様の喜ぶ顔を思い浮かべながら、期待を裏切らないように気持ちを集中して、自分の持っている能力を全部投入するということです。造る手や心を決して省かない。造る心を大切にするということです。丁寧な考えや思いで、丁寧に正確に造るということです。不器用であった私が、まごころ込めてパン造りをすることで、他店に負けない、お客様に喜んでいただけるパンが造れるようになったと思っています。
 また、まごころを込めて一生懸命パン造りをおこなっていますと、パンの方から語りかけてくれるようなことも体験しました。パン生地を捏ねている時、「あともう少し捏ねて」という声が聴こえてくるのです。パンを焼成していると、「あと2分、上火を消して、下火だけで焼いて」という声が聴こえてくるのです。そこでその通りやってみると、よりおいしいパンになってできあがってくるのです。焼き上がったパンは品質のバラつきもなく、お客様に安心して安定したパンを提供できるようになりました。心を込めて仕事をしていると、パンのささやきも聴こえてくるのではと思っています。
 パンのささやきが耳に届かないうちは心の込め方がまだまだ不充分ということかもしれません。このような体験をくり返すことで、ますますまごころを込めてパン造りをすることの大切さが理解できました。創業当初「おいしくなれ、おいしくなれ」とオーブンの前に立って手を合わせていた頃が思い出されます。まごころを込め、おいしいパンを造り、お客様に心から喜んでいただきたいという強い思いの結果の変化だと思います。パン造りに対する思い入れも誰にも負けないくらい持ち続けることができました。
 販売についても、まごころを尽くすことを大切にしてきました。その基準は来店してくださったお客様に心から喜んでいただき、帰り際に「木輪に来てよかった。また来たい」と思っていただけるような接客をするということです。思いやりの心で「おもてなしをする」ということです。決して上から目線でパンを売るという姿勢であってはいけません。パンという商品を介しておもてなしをする姿勢を大切にしてきました。お客様に不快さを与えないことです。安心と喜びを与えるという基本をしっかり守り、自らの行動一つ一つを「思いやり」というところに照らし合わせていくことが大切です。そうしいたことを「販売員心得」としてまとめ、販売員の皆様に実践していただいています。
 これからも、まごころのこもった商品づくりと、その提供により、お客様に安心を喜びと幸せを提供できる木輪をめざしてまいります。その基本は「真心」であると思っています。

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