フランスベーカリーの労働環境を探る
第1回 赤川和子さん(ル・グルニエ・ア・パン)
手作りの風合いを伝える

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赤川和子さん(右)、製造チーフジョセフさん

ル・グルニエ・ア・パン クーランクール店

【フランスの労働法とベーカリーの現状について】
 2000年、フランスではワークシェアリングにより雇用を増やす目的で、週35時間労働制が制定され、2002年からは20人以下の小企業でもこの法律の適用が余儀なくされた。週35時間を越える労働を課した場合、36時間〜43時間までは1時間につき25%、43時間以上については50%の残業手当の支給、もしくは相応の有給休暇での埋め合わせが義務付けられている。
 しかし、ベーカリー業界では、契約段階で週39時間、40時間など基本給(フランスの最低賃金は時給9.88ユーロ/約1,334円、月給1498.47ユーロ/約202,293円)に残業手当をプラスした形で提示されることが多いようだが、人材発掘や育成も難しく、経営者の負担が大きいという実情は否めない。

 安倍首相は、2018年施政方針演説の中で改めて「働き方改革を断行する」との決意を表明した。フランスでは2002年に既に週35時間労働制が施行され、ベーカリーもこの法律適用を余儀なくされている。2月号より3回に亘り、フランスのベーカリーで働いている日本人ブーランジェに、フランスベーカリーにおける労働・雇用環境・仕事内容など、フランスの労働事情について取材した内容を伝える。
 国が変われば文化も変わり、働くことそのものに対する価値観も変わる。異文化の中で、日本人である彼らが何を感じ、どのように融合し働いているのか。違う価値観での働き方が、大変革の時代で何らかのヒントになれば幸いである。
   赤川和子さんは、パリ18区、モンマルトルのサクレクール寺院の裏にあるル・グルニエ・ア・パン クーランクール店に勤務している。フランチャイズ方式の同店は、パリのみで11店舗、フランス国内のみならず海外にも積極的に進出している。パリのバゲットコンクールでは加盟店舗が何度も優勝するなど評判の高い人気のベーカリー。赤川さんは2007年に渡仏し、製パンと製菓の2つのCAP(職業適性証と言われる様々な分野の専門職のためのフランス国家資格)を取得。2011年に同店に採用され今年で7年目を迎えた。
《店舗概要》
 現在当店では、ベーカリー部門が3人(うち1人は研修生)、菓子部門が3人(同)、サンドイッチ担当が2人、販売担当5人(うち研修生1人、短時間契約2人)が勤務している。
 販売アイテムは、バゲット2種(トラディションとオロワーズ[ライ麦・大麦・ひまわりの種など雑穀がミックスされたヴィロン社の粉])、スペシオ(穀物・イースト・水・塩だけで作ったバゲットを含まないセーグルやコンプレなど伝統的な食事パンを指す)が6種、ヴィエノワズリーはクロワッサン生地を使ったものが7種、ブリオッシュ数種、パン・オ・レを使ったアイテムが数種ある。バゲットの製造量は平日400本、週末600本が目安。フランスはパンが主食なので、日本のような惣菜パンや創意工夫された菓子パンは販売していない。
 売上平均は平日1,800ユーロ(約243,000円)。最近はランチセット(サンドイッチ+2.9ユーロ[約392円]までのデザート+ドリンクで6.7ユーロ[約905円〜])が人気で、売上の60%強を占める。25%がバゲット、残りがその他という配分。工房設備は70kg仕込みのミキサーが1台、スパイラルミキサーが1台、分割機、バゲット成形機、ドウコンが2台ある。
 入社当初は週35時間で契約を結んだが、実際に働いてみると1日7時間を越える日が多かったので、オーナーに自分の仕事量及び時間を再申告し、残業4時間分の手当を含んだ週39時間労働(5時〜13時まで、30分の休憩を含む)という契約の下に勤務している。フランスは上下関係があまりなく、このような話でも遠慮なく相談ができ、意見を交わせる環境にある。
 フランスのベーカリーは、基本的に早番と遅番の2交代制が多い。当店の1日は、製造チーフが3時に出勤し、前日に仕込んだバゲットを成形し焼成。私は毎朝5時に出勤し、クロワッサンの折り込みと前日成形したスペシオを焼成、朝7時半のオープンに向け、全商品が並ぶように準備する。その後はこの作業の繰り返しと、午後用のバゲット生地や翌日のスペシオを作る。ヴィエノワズリーは、ベーカリー部門が生地を作り冷凍保存。成形・焼成は菓子部門が担当する。
 午後担当の研修生が12時半に出勤する。彼は、週35時間なので19時半までの勤務。フランス人は夕食にバゲットを必要とするので、16時頃から再度焼成を始める。閉店完売を目指すが、一番需要の多いバゲットは客足が読み難いので最終残数20本を目安に焼成。残ったバゲットはクルトンにして販売している。
《39時間労働が可能な理由》
 創始者のミッシェル・ギャロワイエ氏は「少数気鋭で、決められた時間内で最大限の結果を生み出す」という方針を掲げている。商品数は、客のニーズにあった最低限のものを厳選しているので他店よりも少ない。計量ミスなどが発生しないよう、粉はあらかじめ製粉会社でミックスしてもらいスペシオに使っている。また1度に生地を回す量が多いので、ミキサーの上には小麦粉タンクがあり重い粉を運ばなくてもよい。というようにコンセプトに沿った仕事の効率化が計算されている。
 フランスは個人主義と言われるが、仕事も担当制になっている。例えばクリスマス時期はパティシエが多忙を極めるので、自分の仕事を終えた上で手伝おうとしても、それすら「それは君の仕事じゃないだろ」と言われる。非協力的と言えばそうだが、責任の所在が明確になるのはメリットだ。また、1年目の社員でもミキシング、クープ、焼成を含め、所定時間内でできると想定された仕事が上司から与えられる。つまり雇われた瞬間に一職人として扱われる。「新人は計量、掃除から」と考える日本人とは異なる。そして彼らは「最初は失敗するのは当たり前」と考えているので、失敗に対して寛容だ。当店でも午後は研修生1人だが、翌日のバゲット生地を仕込ませる。翌日に製造チーフが生地の状態を確認。良し悪しを判断して調整する。失敗を叱咤したり、心配だからと遅くまで残って見習いの仕事の面倒を見たりしない。互いの信頼関係を築く第一歩なのだと思う。但し、信頼に背くようなことをした場合は怒られる。といっても、多少のことでは怒られることはなく、それがチャレンジ精神やモチベーション向上に繋がっているように感じる。
 与えられた仕事が時間内に終わらなければ「仕事のやり方が悪い」と言われる。その場合、残業代は支払われず仕事量が変わることもない。各個人が仕事のオーガニゼーションを考え直し、時間内に終わらせられるよう工夫をする。但し「私生活が第一」と考えるフランス人は、与えられた仕事を終えられなくても、明日で間に合うと判断したら、定刻で帰る人が多い。オーナーも、それが翌日の販売に響かない程度なら指摘しないが、雪だるま式に重なり、販売に支障を来した場合は、厳しい指導を受けることになる。
《フランス人の労働慣習》
 日本人は「働きながら学ばせてもらう」「どこまで自分ができるか」といったストイックさが仕事に現れる。一方、私生活に重点を置くフランス人は「自分の仕事をいかに時間内に終わらせるか」を第一に考える。チームワークや店全体の流れなどはあまり考えない。その代わり、1人1人がそれぞれに任された仕事を的確にこなすことで店が成り立っている。仕事は個人が責任を持ち、何か問題が発生すれば自分で対処し、事後、上司に報告する。日本のように事前に許可をもらう必要がないので、仕事効率は良く自発性も育つ。「フランス人は働かない」というイメージを持っていたが、実際に働いてみると生産性は高いと感じる。だが、効率を重視する分、雑な部分があり商品の出来映えのブレ幅も大きい。
 例えばブリオッシュ・ア・テット。頭が今にもちぎれそうなものでも店頭に並べる。向きもバラバラ。彼らは「僕たちは職人で、ロボットではない」という。また客も大らかで、バゲットは、「私はしっかり焼けたもの」「私は焼き色の浅いもの」と指定してくる。パンやケーキの仕上げも、昨日と今日で全く違うことや、同じ名前で売っていても店舗によってレシピが異なっていることもある。日本人からみると「そんないい加減で許されるのか?」と感じることもあるが、それをその店や作り手のオリジナリティとして客が認めてくれるのは、個人主義の国の特徴かも知れない。
 日本のように細部までこだわって仕上げ、しかも多種のパンを作らなくてはいけないとなると39時間では時間が足りないのだろう。だが、フランスのように「手作りならではの風合い」を客に伝えることもひとつの方法ではないかと思う。
 2部制と担当制が労働時間短縮に繋がっているように感じ、「私生活が第一」というフランスの価値観が私には心地良い。39時間労働は、仕事が終わってからの時間を有効活用できるので、生活を楽しむ余裕が生まれる。働く側からすると労働に対して対価があること。時間に区切りがあること。これが仕事のモチベーション向上に繋がるのだと感じている。
※文中の円表示は1ユーロ135円で換算

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バゲットなど。ハーフカットでも購入できる

ショーケース。日本のように菓子パンや惣菜パンはない