フランスベーカリーの労働環境を探る
第2回 福田大輔さん(メゾン・カイザー)
ポジションにあった仕事と報酬
自身の任務を全うする

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福田大輔さん

店舗外観

店内の様子

 第2回目は、パリ2区にあるBOULANGERIE MAISON KAYSER PETITS CARREAUX(メゾン・カイザー プティ・キャロー店)でシェフ(製造チーフ)を務める福田大輔さんの話を紹介する。福田さんは日本のベーカリーで勤めた後、「本場を肌で感じたい」と2004年に渡仏。メゾン・カイザーに入社後、2009年にプティ・キャロー店のアジョワン(2番手)となり、2016年9月にはシェフに昇格し現在に至る。メゾン・カイザーは現在、パリ市内だけで26店舗、フランス国内の他、日本・韓国・ニューヨーク・メキシコなど、世界各国に店舗展開している。

 福田さんは現在、5人の製造スタッフ(うち1人研修生)を束ね、サンドイッチ担当1人、販売担当8人とともに店を運営する。店で販売するアイテムは、バゲット3種、スペシオ約25種、ヴィエノワズリー約15種の他、サンドイッチ、サラダ、パティスリーなど。営業時間は朝7時から夜8時15分まで。同店舗の周辺は、ビジネス、商業施設が数多く集まるため、ランチタイム、また仕事帰りの人、レストランからの夕食用のニーズが多い。
 1日のバゲット平均販売数は約1000本、ヴィエノワズリーの主力となるクロワッサンとパン・オ・ショコラは1日各180個を焼成する。福田さんは「バゲットの販売数は5年程前に比べると半分くらいになりました」と話す。その理由を「グルテンフリーなどの健康志向、またハンバーガー、ホットドック、アジア系のテイクアウト店の増加によるフランス人のパン離れ」と分析している。
 パリではここ数年、ハンバーガーなどの流行により、軟らかいパンが好まれる傾向にある。
 「この現象は、バゲットは硬いという共通認識を生み消費量の低下に繋がり、白焼きのバゲットが売れる傾向を作りました。普通は18分焼くところを、7分程度のものを求められることもあります」と現在のパリジャンの嗜好を説明する。
 同店舗に売上目標は設定されておらず、製造目標があるという。
 「製造スタッフ1人につき、月間小麦粉使用量30カント(1カント=100kg)を目標に掲げられています。フランスのベーカリーは、サンドイッチの種類は充実していますが、日本のような多種多様の惣菜パン、菓子パンはありません。パンはフランス人の主食なので、メインはバゲットとスペシオ。そのことから、粉の使用量で売上を判断できるということです。新店舗をオープンする時には、職人2.5人計算で始めます。つまり1カ月目標75カントから始まり、それ以上の客数を見込めるようであれば、職人を増やし、目標数値を上げ、店舗を拡大するという仕組みです」。
 同店の1日は、製造スタッフがシフト制で3人出勤し、朝3時〜正午までが2人、正午から閉店まで1人が担当する。
 シェフを務める福田さんは3時に出勤し、メールなどでその日の受注数を確認。もう一人が前日成形されたバゲット、スペシオを順次焼成する。4時頃から夕方分のバゲットと翌日分のスペシオの仕込みを始め、5時からヴィエノワズリーを焼成。6時に販売員が出勤し店頭準備を整え、7時に店を開ける。それ以降はスペシオの分割、成形、翌日分のヴィエノワズリーや副材料の準備をし、12時が退社時刻となる。1日8.5時間が規定実働時間。
 5年ほど前からメゾン・カイザーのヴィエノワズリーは自社工場で生産し、成形冷凍生地を各店舗で焼き上げている。パティスリーも同様に工場から配送される方式になった。
 各店で作るパン類はすべて前日に仕込む成形冷蔵発酵の製法をとっている。エリック・カイザー氏が開発したルヴァンリキッドが、作業効率アップに一役買っていると福田さんは話す。
 「前日仕込んだ生地を翌朝焼いても、朝仕込みの生地をその日に焼いても、職人が生地をしっかりコントロールすれば、一定の風味があるバゲットを作ることができます。パンスペシオは基本的に前日に仕込んだ生地で翌日朝と夕方に2回に分けて焼きます。同じ生地なので、夕方分は多少発酵が進みますが、『時間的に仕方がない』と割り切っているところは、フランスらしいですね」。
 現在福田さんは、週休2日、週42時間労働、5週間のヴァカンスで会社と契約を交わしている。「契約を結ぶ際、給与は基本給に残業代も考慮された金額が提示されます。当社は最低賃金に近い金額が基本給です。入社後は年功序列や勤務年数による昇格・昇給はなく、個人の能力が認められポジションが昇格すると昇給します。
 労働条件とともに仕事内容もオーナーから告げられますが、時間内にその仕事が終わらなければ残業代の出ない残業になります。ただ時間給を支給していたら、サボる人が多いからではないでしょうか」。  このような契約方法は、生産力アップのメリットがある一方、時間に追われ、質の低下を招くと福田さんはデメリットも指摘する。
 ポジションが上がり、昇給すると同時に、製パン以外の仕事も課される。
 「シェフの仕事の1つが部下の教育です。フランスは多民族国家で、多種多様な人が生活をしています。ベーカリーの仕事を選んだ人の大半は『他にないから仕方なくこの仕事を選んだ』という人が多いのです。仕事は当然生活費のためで、そうすると質よりも課せられた仕事量を消化することが優先となり、仕上がりが雑になる傾向があります。指導してもモチベーションが低いのでなかなか響きません。どの店も同じ状況にありますが、シェフ会議の中でトップの人からは『シェフは一定の技術を持っているのだから、部下や研修生を教育するのも君たちの仕事だ』との一言。そこに個人主義社会の厳しさがあります」。
 フランス人は、拘束時間が過ぎれば仕事が残っていても家に帰る。そのつけがすべてシェフの立場に立った人に回ってくるのが実情のようだ。
 「やむを得ない残業は、店の統括を任された人が負わざるを得ない仕事です」と、福田さんは自身に課せられた任務を話す。
 また、「モチベーションが低い人にとって週42時間は長いと感じます。すぐに店を辞め、違う店で働きますがまたすぐに辞めてしまいます。その結果、個人の能力が認められず、ポジションの昇格がないため昇給しない人達が低賃金で雇用され、多くの店を転々としているような気がします」とフランスのベーカリー事情を話した。
 メゾン・カイザーは、フランス全国で高い品質のベーカリーとしてのブランド力を持つ。創始者であるエリック・カイザー氏は「良い原材料を使い、高品質な商品を提供する」と掲げている。カイザー氏は世界各国に店舗展開し、忙しい身でありながら、自ら各店舗に足を運び商品チェックを欠かさないという。
 「カイザー氏は、商品のブレを好まず、来店時に品質にばらつきがあれば必ず指摘します。全フランス人が作業効率ばかりを求める訳ではありません。シェフクラスの職人になると仕事量と質の両方を備えた人が多く、結局個人のモチベーションが大切なのだと感じています。週35時間労働によって、フランスのパンの質が下がり、国全体でも伸びていないようにも感じます。35時間労働は与えられた仕事を消化することはできますが、技術や精神を伝えることは難しいと思います」と35時間労働の抱える課題を指摘した。
 現在フランスでは一般労働者が週35時間労働を支持する一方、マクロン大統領は35時間労働を廃止する動きを見せ、中小企業の経営者はそれを支持する傾向にある。
 福田さんは場所を問わないパン職人としての生き方を全うしたいという気持ちを次のように語った。。  「私は、フランスが大好きで、どうしてもこの店で働いていたいという訳ではありません。今は、たまたま個人の能力を評価していただける仕事がフランスにあって生活が安定しているのでもう少し頑張ってみようという気持ちです。
 場所がどこであっても、私はパン職人として誇りを持ってパンを作り、お客様に届ける。また、そういう職人が育つように、シェフという立場を充分に生かして、今後も部下の教育に励みたいと考えています」。

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季節代わりのスペシオも登場する

ランチに売れるサンドイッチ

ヴィエノワズリーとパティスリー