フランスベーカリーの労働環境を探る
第3回 竜瀬加奈子さん(モリウ)
自分の「プロフェッショナル」を極める働き方

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竜瀬加奈子さん

バゲットは朝から閉店まで欠かせない

MORIEUX(モリウ)2号店

 第3回目は、パリ西部・ブーローニュ=ビヤンクール市にあるMOFミカエル・モリウ氏によるベーカリー「MORIEUX(モリウ)」2号店でシェフ(製造チーフ)を務める竜瀬加奈子さんの話を紹介する。ブーローニュ=ビヤンクール市は、日本人もたくさん住む高級住宅地。この店では、1日400本ほどのバゲット。クロワッサン、パン・オ・ショコラは1日各100個。他、パンスペシオが6種類、定番のヴィエノワズリー、サンドイッチ、パティスリーなどを販売する。

 竜瀬さんは、日本のベーカリーで5年働いた後、2000年に渡仏。語学を学びながらジェラール・ムニエ氏のベーカリーに勤務した後、職業専門学校に入りCAPを取得した。その後、結婚し出産を経験したが、産休・育児休暇を取得しながらパリ近郊のベーカリー数軒でシェフとしても働く。2010年、2人目の子供の出産を機に離職したが、その間もパンへの情熱は消えることなく、2017年2月に同店で現場復帰を果たした。
 2人の子供を育てながら、現在週休1日、週40時間の契約で働いている。また、休職期間には『Bon Painへの道(仁瓶利夫氏著/2014刊行)』の制作にあたり、原書翻訳や通訳として貢献した経歴も持つ。
《女性の登用について》
 フランスはパンが主食の国。ベーカリー業は大きい粉袋を抱える重労働のイメージが強く、従事する女性の数はまだ少ない。
 私は、2001〜2010年までフランスのベーカリーに勤務したが、2人目の子供の体が弱く、離職せざるを得なくなった。娘は入退院を繰り返し仕事復帰は難しい状況だったが、私はこの仕事が好きで「現場に戻りたい!」という気持ちをフランス人の夫にぶつけて喧嘩をしたこともあった。ところが少しずつ娘の体が快方に向かい、昨年2月に週3日という条件で働ける店を探し、現場復帰することができた。
 フランスでは、女性ベーカーの数こそ少ないが、個人に働きたいという意志があり能力を有していれば、性別に関係なく採用してくれる。私には過去にCAPを取得し、シェフとして働いてきた実績がある。当初の契約は週3日28時間労働だったが昨年の9月、急にシェフが辞め、現在は週6日、40時間という契約に切り替わり、シェフとして勤務している。
 女性が働きやすい環境は、雇用側が性別を問わないだけでなく、家族のサポートが手厚いことも大きな要因。フランスは、共働きが基本なので、子供を預けて仕事をすることに抵抗がない。義理の両親も「息子だけでなく夫婦2人で頑張っているなら、孫の面倒くらい私たちが見る」という考え。夫が子供を学校に連れて行くのは当たり前。我が家の場合は、仕事終わりの早い私が迎えに行けるので、学童保育を利用しなくてもよい。日本では「女性はいつか結婚や出産を機に仕事を辞める」とマイナスの見方が多いが、私のように「本当は働きたい」と思っている人も沢山いるはず。そういう人に「落ち着いたら戻っておいで」と、職場を離れる時に一言声をかけてあげることが、彼女たちの活躍の場を広げるきっかけになるのではないだろうか。
 職場復帰した当初は、7年間のブランクを心配したが「昔取った杵柄」という言葉の通り、働いていた時の感覚や体力が戻り、パン職人として働けることを今、嬉しく思っている。
《日仏の働き方の違い》
 1つ目はコミュニケーションの量と質。製造現場では人数が少ないこともあり、仕事中に互いのプライベートに至るまでよく話すので信頼関係を築きやすい。横のコミュニケーションだけでなく、上司にも自分の意見をはっきり言いやすい。もちろんオーナーの性格・職場環境により異なるが、話し難い労働条件でも、疑問に感じる点があればオーナーに直談判できる。逆に何も言わないことは「その状況を受け入れている」という意思表示になる。基本的に日本人は主張するのが苦手で、相手もそれを知っている。日本人をそのように見て欲しくないし、夫からも意見することの重要性を教えられていた。当店のシェフが辞め、仕事量が増えた時には、オーナーに自分の仕事を説明し、役職手当、残業代を請求し、今は仕事量に見合う給与を支給してもらっている。
 2つ目は仕事の担当制。例えば、私が仕込み、もう1人が窯を担当していたとする。窯が先に終われば、彼は自分のスペースだけをきちんと掃除して先に帰る。どれだけ私に翌日分の仕事が残っていようが手伝うことはない。掃除すらしてくれない。一方自分の領域は絶対に出ないので、個人の責任の下に各ポジションの仕事が確実に行われるため、最終目標をミスなく達するメリットもある。日本の協力し合う精神は大切だと思うが、時として責任の所在が不明確になり、どこかが抜け落ちミスに繋がることも起きる。
 この担当制は、自身の仕事へのプライドにも繋がる。当店の販売員は、パン販売業務を30年以上続けている。パンの焼き上がりが悪いと「こんなパンではお客様に売れない」と私たちを怒鳴る。なぜなら、彼女は客と対面して販売することが仕事で、その数字に責任を持っている販売のプロだから。その主張が正しい時は素直に謝り改善に向けて努力する。逆に製造側の事情説明が必要な時は、相互理解ができるまで話す。互いが各々の責任を果たすため真摯な態度でコミュニケーションを取ることは、互いの信頼関係、また店の発展に繋がる。プライドを傷つけられ、涙を流したこともあったが、互いの仕事を理解するためには大切なプロセス。なぜ自分がこの店のこのポストに就き、この給料で雇われているかを証明するための大切なやりとりだと思い、フランスで生きていくには必要な能力だと思う。
 3つ目は失敗の捉え方。フランスは『失敗は成功のもと』と考えており、部下の失敗を補うのがトップの仕事という考えがある。なぜなら「従業員は自分の仕事を手伝ってくれる人」という思考がベースにあるから。失敗した時は怒らず、リカバリーの仕方と失敗に取られた時間を取り戻す働き方を教える。この教えは、自分が部下を指導するときにも役立つ。以前働いていた店のオーナーが「新人は自分の能力の50%程度と思うようにしている」と話していた。
《フランスのベーカリーから学んだ働き方》
 「休みをしっかり取り、リフレッシュして仕事に臨む姿勢」。フランスには年5週のバカンスがあり、彼らはそれを楽しみに生きている。普段も仕事だけに捕らわれず就労後にはプールやランニングに行き、生活を楽しもうと工夫している。楽しむためには資金が必要で、生活の充実は仕事のモチベーションに繋がる。若い時からそのような時間の使い方を教えれば、仕事の効率が上がるのではないかと思う。例えば、週4日40時間労働という条件で2グループで仕事を回すとする。第1グループの最終日に第2グループを重ねて仕事を引き継がせ回すと、週3日の休みが取れる。十分な休息は、仕事に集中力を生み、毎週3日の休日があれば「次の休みは何をしようかな」と計画する楽しみも生むはずだ。みんなで辛さを分かち合うのではなく、楽しみを分かち合う思考回路を作ることが、1つのやり方ではないかと、フランスの働き方を見て感じている。


「モリウ」オーナー ミカエル・モリウ氏が考える
35時間労働について

 35時間労働は、発酵時間やミキシング時間を要するベーカリーの労働時間としては、単純に短いと考えている。オープン前の準備から閉店までの15時間を実働時間と考えると、35時間労働では3交代制にする必要があり、そうすると1人当たりの仕事量とのバランスが実用的ではない。
 また、我々が抱える問題は、労働時間だけではなく人材の問題もある。CAP所有者でも、時間内に規定の仕事量を消化できる人材が少ない。それにも関わらず、ブーローニュ=ビヤンクール市の住宅費が高いという事情で求職者らは2千ユーロ以上の給料を求める。しかし、2千ユーロを払うためにはそれなりの能力が必要だ。40時間で終わる仕事に60時間をかける人にその給料は払えない。
 このような需要と供給のアンバランスの中、良い人材を見つけることが困難であるのが現状だ。
 近年INBP(国立製パン製菓学校)が、ベーカリーの労働環境改善のために、職人1人あたりの仕事量を規定しようと試みている。店による材料、機械の違い、1人1人の仕事量の違いでマニュアル化に至らないのが現状だが、現在も継続して研究をしている。
 当店でも、私がいると8時間で仕事が終わるのに、私がいないと9時間かけて仕事をする職人がいる。1日1時間でもそれが1カ月分重なると大きな店の負担になる。35時間労働を実現しようとすると、ヴィエノワズリーは冷凍生地を使用するなど、どこかで割り切らなければいけない。
 当店は1カ月1人の職人につき40カント(1カント=100kg)の小麦粉使用量を目安にしている。当店の規模であれば、2人の職人(週末は3人)が週40〜42時間集中して働くことがベストバランスだと考えている。1日10時間を越える労働は体に疲れが溜まり、結局一定の仕事量を消化できなくなり、悪循環だと考える。

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2号店店内の様子

ミカエル・モリウ氏

本店店内の様子